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東京高等裁判所 昭和24年(ナ)6号 判決 1949年11月21日

原告 高岡忠弘

訴訟代理人 清瀬一郎 外四人

被告 新潟県選挙管理委員会委員長 代理人 阿保浅次郎

補助参加人 三宅正一 代理人 中村高一 外三人

主文

昭和二十四年一月二十三日に行われた衆議院議員選挙において、新潟県第二区中同県中蒲原郡七谷村における選挙を無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同趣旨の判決を求める旨申し立てその請求の原因として、

原告は、昭和二十四年一月二十三日に行われた衆議院議員総選挙において、新潟県第二区から立候補し、選挙の結果次点者と決定せられたものであるが、右選挙区中、同県中蒲原郡七谷村における選挙(以下本件選挙と称する)は、左の事由によつて無効である。

即ち、

第一、本件選挙においては投票管理者及び開票管理者は、衆議院議員選挙法(以下単に法と称する)第二十条又は第四十四条に従つて、七谷村選挙管理委員会(以下単に委員会と称する)によつて選任せられたものではなく、また投票立会人も法第二十四条第一項に従つて同委員会によつて選任せられたものでもなければ、同条第二項に従つて投票管理者によつて選任せられたものでもない。更にまた開票立会人中梅田秀雄のみは、法第四十七条第一項に従つて議員候補者たる原告によつて届出られたものであるが、その他の菊田長右ヱ門、中村柱二郎、岡橋留蔵の三名は、議員候補者によつて届出られたものでもなく同条第十項に従つて開票管理者によつて選任せられたものでもない。これらの投票管理者、開票管理者、投票立会人及び開票立会人(但し開票立会人中梅田秀雄を除く)は、いずれもなんら権限のない七谷村長小柳吉次又は同村役場吏員から任意に依頼せられた法律上資格のないものであり、本件選挙は選挙の手続に必要な機関を欠き、かような無資格者によつて事実上投票手続及び開票手続が行われたに過ぎない無効のものである。

第二、委員会は選挙事務の管理執行についてその職責を尽さなかつたため、次のような選挙の規定に違反する事実を生じた。

即ち、

(一)、委員会が上述の通り選挙の手続に必要な機関である投票管理者、開票管理者、投票立会人を選任しなかつたために、投票手続及び開票手続が無資格者によつて為された違法を生じたばかりでなく、

(二)、右委員会が投票用紙及び同封筒の適当な管理を行わなかつたために、投票期日前に投票用紙約百三十枚、同封筒約四十枚が村長の指示によつて同村役場書記であり、当時右委員会の事務員であつた西潟政市の手を経て、多数の選挙人に不法に配付せられ、その結果、虚偽の不在投票及び二重投票が相当数あらわれて開票事務の著しい混乱を招いた。

(三)、また右配布が村長の指示によらないで、右委員会によつて為されたとしても、(イ)普通投票のために為されたものとすれば、その交付の方法は法第二十五条第一項、衆議院議員選挙法施行令(以下単に令と称する)第十六条の投票管理者は選挙の当日投票所において投票立会人の面前において選挙人を選挙人名簿に対照した後これに投票用紙を交付すべき旨の規定に違反して為されたものであり、(ロ)また若し法第三十三条の規定による投票即ち、所謂不在投票のために為されたものとすれば、令第二十六条乃至第二十八条所定の手続によつて、委員会委員長が交付し又は発送したものでない違法があるばかりでなく、その投票用紙による投票については令第二十九条以下の規定による管理が為されなかつた違法がある。

以上いずれの点から見ても、本件選挙は自由公正に行われたものではなく明かに選挙の規定に違反する無効のものである。

第三、なお令第三十二条によれば、投票管理者が不在投票の送致を受けたときは、送致に用いられた封筒を開披し、投票はそのままこれを保管し、令第三十四条の手続を経て投票函閉鎖前にその保管する投票を投函すべきであるにかかわらず、本件選挙においては投票管理の事務を執つた者が不在投票を投票用封筒に在中のまま放置して右手続を経て投函することなく、また開票事務を執つた者が先ず投票函を開いて在中の投票を点検し、しかる後右不在投票を投票用封筒から取り出して点検したため、不在投票者の何人が議員候補者の何人に投票したかが明かとなり、選挙の秘密が害せられる結果を生じたのであつて、この点においても本件選挙は選挙の規定に違反した無効のものである。

第四、また法第二十三条によれば投票所は午前七時に開き、午後六時に閉ぢることとなつており、法第三十二条によれば、投票所を閉ずべき時刻に至つたときは、投票管理者はその旨を告げて投票所の入口を鎖し、投票所に在る選挙人の投票が結了するのを待つて投票函を閉鎖すべきものと規定せられているにかかわらず、本件選挙においては定刻より二、三十分遅れて投票所が開かれ、且つ投票函を閉鎖すべき時刻に至つても、右法定の手続が採られなかつた違法がある。

第五、法第二十二条によれば、投票管理者は選挙期日より少くとも五日前に投票所を告示すべきであるにかかわらず、本件選挙においてはかような告示が為されなかつた違法がある。

第六、法第五十四条によれば、開票管理者は開票録を作り、開票立会人と共にこれに署名すべきであるにかかわらず、本件選挙においては開票録原本の存在が不明であり、また開票立会人梅田秀雄は開票録に虚偽の記載があることを理由として署名を拒絶した事実があつて、本件選挙は右規定に違反する違法がある。

以上第一乃至第六の如く、本件選挙は法第八十二条に所謂選挙の規定に違反するものであるが、新潟県第二区における最下位当選者である三宅正一の得票数は二万九千二百二十二票であり、原告の得票数は二万八千七百三十九票であつて、その差は四百八十三票であり、七谷村における有権者数は二千五百二十八人であり、そのうち本件選挙で投票した者は千六百二十五人であるから、前示違反は同条に所謂選挙の結果に異動を及ぼす虞れがある場合に該当する。よつて本件選挙を無効とする判決を求めるために本訴に及んだと述べ、

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、

原告主張の請求原因事実中、原告が昭和二十四年一月二十三日に行われた衆議院議員総選挙において、新潟県第二区から立候補し、選挙の結果次点者と決定せられたこと及び右選挙における最下位の当選者たる三宅正一と原告との各得票数、その差異、七谷村における当時の有権者数並びに投票数はいずれもこれを認める。しかし、

第一、本件選挙における投票管理者及び開票管理者はいずれも鶴卷正雄であるが、同人は昭和二十四年一月八日に開催せられた七谷村選挙管理委員会によつて適法に選任せられたものであり、投票立合人たる菊田長右ヱ門、中村柱二郎、岡橋留蔵もまた右委員会によつて選任せられたものである。

また開票立会人中梅田秀雄は原告主張の通り議員候補者たる原告の届出によつて就任したものであり、菊田長右ヱ門、中村柱二郎、岡橋留蔵の三名は、いずれも右委員会によつて選任せられたこととなつているが、この三人が開票立会人たることについて開票管理者たる鶴卷正雄は異議を唱えず、そのまま開票に立会わせたのであるから、同人がこれを選任したも同様である。従つて本件選挙においては、適法に選任せられた投票管理者、開票管理者、投票立会人及び開票立会人によつて投票手続及び開票手続が行われたのであつて、これ等の必要機関を欠いたことはなく、また無資格者によつて如上の手続が執行せられたものでもない。

第二、右選挙管理委員会が選挙事務の管理執行について、その職責を尽さなかつたと云う事実はない。即ち、

(一)、本件選挙における投票管理者、開票管理者、投票立会人及び開票立会人はいずれも上述の通り適法に選任せられたものである。

(二)、投票用紙約百三十枚、同封筒約四十枚が七谷村長の指示によつて同役場書記であり、当時右委員会の事務員であつた西潟政一の手を経て多数の選挙人に不法に配布せられた事実はない。

(三)、選挙当日投票所で投票した選挙人については、法定の手続によつて一々選挙人名簿と対照して投票用紙を交付したのであつて、この分については手続上なんらの瑕疵がない。尤も投票用紙が一枚多く交付せられたことは選挙当日午前中に判明したが、そのまま投票を続け開票に当り、二枚の投票が密着して折疊まれ、そのうち一枚が白票のままであることが発見せられたので、交付の際二枚を一枚の投票用紙と思い違えて交付したものであり、一枚が白票であつたため得票数にはなんらの影響がない。不在投票については、成規の証明書によるものを取交ぜ百二十三枚の投票用紙を交付したが、投票用封筒は、地方事務所から配布を受けたものが四十枚に過ぎなかつたので、その不足分八十三枚は普通の私物を交付した。しかし右投票用紙百二十三枚のうち投票せられたものは百二票、投票されないものは二十一枚であり、右百二票のうち投票用封筒として私物の封筒を使用した八十二票は全部無効投票として不受理の決定がなされ、受理されたものは二十票にすぎない。仮りに右二重投票及び不在投票が問題となるとしても、前者は一票、後者は百二十三票、合計百二十四票に過ぎないのであり、しかも新潟県第二区における最下位の当選者三宅正一と次点者原告との得票数の差は四百八十三票であるから、原告が右百二十四票を全部獲得すべきものとしても、当選者には影響がなく、選挙の結果に異動を及ぼすべきものではない。

第三、投票管理の事務を執つた者が不在投票を投函しなかつた事実は不知、仮りに投票函閉鎖前に不在投票が投函せられなかつたとしても開票の事務を執つた者が不在投票を投票用封筒から取出してそのまま一括して一般投票に混じて点検したのであるから、選挙人の何人が候補者の誰に投票したかが解る筈がなく、選挙の秘密投票制及び無記名投票制を蹂躙したことにはならない。

第四、本件選挙においては、午前七時に投票所を開き、午後六時にこれを閉ぢたのであつて、原告の主張するような違法はない。

第五、投票管理者鶴卷正雄は選挙の期日より五日以上前たる昭和二十四年一月八日に、投票所を告示したのであるから、この点についても原告の主張するような違法はない。

第六、本件選挙の開票録については同一内容のもの二通作成せられ、その一を原本とし、他を副本としたのであり、検証の際には原本を発見することができなかつたが、これは何処かに存在するものであり、副本は検証の際存在しており、これによつて開票の結果を知ることができるのであるから、原本の存在不明を理由に本件選挙の無効を主張するのは失当である。

以上の如く、本件選挙はなんら法第八十二条に所謂選挙の規定に違反するものでなく、また当事者間に争のない最下位の当選者たる三宅正一と次点者たる原告との各得票数の差及び七谷村における有権者の数等から見れば、なんら選挙の結果に異動を生ずる虞がないことが明かであるから、本件選挙の無効を主張する本訴請求は理由がないと述べた。

証拠として、原告訴訟代理人は証人西潟政一、小柳武房、高野三省、茂野柱太郎、鶴卷正雄、目黒辰蔵、中村柱二郎、岡橋留蔵、菊田長右ヱ門、梅田秀雄、外山善雄、野口一正、陶山昌、山崎悟、鶴卷肇、長沢忠吉、梅田梅吉、田浦常松、梅田福松、坂上和子、井上乙吉、植村清二、佐藤喜久次の各証言及び検証の結果を援用し乙第十三号証の成立を認めてこれを援用し、乙第十一、第十二、第十四号各証の原本の存在並びにその成立、その余の乙号各証の成立及び乙第十五号証が本件選挙の開票録原本の写であることに不知と述べ、被告訴訟代理人は乙第一乃至第十五号証を(但し乙第十一、第十二、第十四号証はいずれも写を以て)提出し、証人西潟政一、小柳武房、高野三省、茂野柱太郎、鶴卷正雄、目黒辰蔵、菊田長右ヱ門、鶴卷肇の各証言を援用し、乙第十五号証は現在三条検察庁に押収中の本件選挙の開票録と題する書面の写であると述べた。

理由

原告が昭和二十四年一月二十三日に行われた衆議院議員総選挙において、新潟県第二区から立候補し、選挙の結果次点者と決定されたことは当事者間に争がない。よつて右選挙区中、中蒲原郡七谷村における選挙の効力について按ずるに、

第一、原告は右七谷村における本件選挙においては、投票管理者及び開票管理者はいずれも同村選挙管理委員会によつて選任せられたものでなく、なんら権限のない同村長小柳吉次又は同村役場吏員によつて選任せられたものであると主張するが、かような事実を認めるに足りる証拠はなにもなく、却つて証人西潟政一、小柳武房、高野三省、茂野柱太郎、鶴卷正雄、井上乙吉、佐藤喜久次の各証言によれば、右投票管理者及び開票管理者はいずれも鶴卷正雄であり、同人は昭和二十四年一月八日に開催せられた七谷村選挙管理委員会によつて選任せられたものであることを認定することができる。従つて右原告の主張は採用できない。しかしながら、上記各証人及び証人中村柱二郎、岡橋留蔵、菊田長右ヱ門、梅田秀雄の各証言を綜合すれば、右委員会は前掲日時に一回だけ開催せられ、上記の通り投票管理者及び開票管理者の選任をした以外はなんら市町村の選挙管理委員会として為すべき職務を遂行せず、投票立会人の選任をはじめその職務の一切を挙げて村長、助役、役場書記等の所謂村役場事務当局に一任する旨の決議をして散解したこと(乙第一号証の証言と題する書面には、「選挙管理委員会事務当局に一任することに決定致しました」とあるも右記載は信用し難い)従つて右選挙について、投票立会人として投票事務に関与した菊田長右ヱ門、中村柱二郎、岡橋留蔵の三名はいずれも右選挙管理委員会によつて選任せられたものではなく、また開票立会人として開票事務に関与した右三名及び梅田秀雄の四名中、梅田秀雄のみは議員候補者たる原告の届出によるものであるが、他の三名は議員候補者の届出によるものでもなく、また開票管理者たる鶴卷正雄によつて選任せられたものでもなく、これら投票立会人及び開票立会人(但し開票立会人梅田秀雄を除く)はすべて村長、助役又は役場書記の委嘱によるものであつて、法定の手続によつて選任せられたものでないことを認定することができる。尤も本件の証拠資料によつては、投票管理者であり開票管理者である鶴卷正雄が投票事務又は開票事務を執行するに当つて、右三名が投票立会人又は開票立会人としてその職務を執行するのに対し異議を述べた形跡は認められないから、右三名は法第二十四条第二項又は法第四十七条第十項によつて適法に選任せられたことに帰するのではないかと云うことも考えられるが(開票立会人に関する被告の右様の主張参照)、単に異議を述べなかつたと云うことと選任行為とはその性質を全然異にするものであるから、鶴卷正雄が異議を述べた形跡がないと云う一事によつて、なんら権限のない者によつて選任せられた前記三名が投票立会人及び開票立会人としての資格を具有するに至るものと解することはできない。また乙第二号証は昭和二十四年一月二十日附七谷村選挙管理委員会長名義を以て岡橋留蔵に宛てた投票及び開票立会人選任通知書であるが、右書面が投票日の前日たる同月二十二日に佐藤喜久次から岡橋留蔵に手交されたと云う証人岡橋留蔵の証言は信用しがたく、仮りにかような事実があつたからと云つて前掲採用の各証言に対照すれば、前記認定を覆えして、岡橋留蔵が右選挙管理委員会によつて投票立会人として選任せられたものと認定することはできないのみならず、開票立会人は選挙管理委員会又は委員長によつて選任せらるべきものではないから、かような通知書の受領によつて岡橋留蔵が開票立会人たる資格を取得する理由がないことは云うまでもない。而して市町村の選挙管理委員会が都道府県の選挙管理委員会の指揮監督の下に衆議院議員の選挙に関する事務を処理するものであり、選挙の民衆化を図り、その自由、公正を保持するために、従来普通の地方行政庁たる市町村長の管理するところであつた選挙に関する事務を執行する為めに特に設けられた機関であつて、その職務権限も単に投票管理者、開票管理者及び投票立会人の選任ばかりでなく、他にも重要な職務権限を有することは法又は令を通覧すれば容易に了解せられるところであり、市町村の選挙管理委員会がその職務権限を尽すか否かが、選挙が自由且つ公正に行われるか否かに重要な関係を有するものであることは云うまでもない。従つて七谷村選挙管理委員会が投票管理者及び開票管理者の選任以外の職務権限の一切を挙げて村役場事務当局(たとえそれが管理委員会事務当局であつても同様である)に一任して顧みなかつたことはそれ自体選挙の規定に違反するものと云わなければならない。また投票立会人及び開票立会人は選挙が自由且つ公正に行われるかどうかを監視するための必要且つ重要な機関であり、さればこそ法はその選任方法等についても詳細な規定を設けているのであるから、本件選挙において前記認定の通り、なんら権限のない者によつて選任せられた者が投票立会人及び開票立会人として投票及び開票事務に関与したことは、これまた明かに選挙の規定に違反するものと云わなければならない。なお証人山崎悟、鶴卷肇、長沢忠吉、佐藤喜久次、目黒辰蔵、中村柱二郎、岡橋留蔵、菊田長右ヱ門の証言によれば、投票開始の際、投票立会人に選任されていた菊田長右ヱ門が遅参した為め、約五分間、有権者たる目黒辰蔵が投票立会人として投票事務に関与したことが認められるが、証人佐藤喜久次の証言によれば、右は役場書記の佐藤喜久次が臨機の処置として投票管理者たる鶴卷正雄の承認を得て依頼したものであり、結局法第二十四条第二項によつて投票管理者によつて選任せられたものと認められるから、目黒辰蔵が右のように投票立会人として一時投票事務に関与したことは違法を以て目すべきではない。

第二、七谷村選挙管理委員会が昭和二十四年一月八日に一回だけ開催せられ、同日投票管理者及び開票管理者を選任したのみで、投票立会人の選任その他一切の職務権限を挙げて村役場事務当局に一任し、なんら市町村管理委員会としての職責を尽さなかつたことは上記認定の通りであり、これがため、

(一)、投票立会人及び開票立会人の選任が無権限者によつて為された違反を生じたことは上記認定の通りであるが、

(二)、証人梅田福松、西潟政一、植村清二、井上乙吉の各証言によれば本件選挙に使用せられた法第三十三条の規定による投票(以下単に不在投票と称する)の用紙及びその投票封筒の大部分は令第二十六条以下の規定に従つて管理委員会の委員長に対してその交付が請求せられ法定の手続を経て委員長から交付せられたものではなく、委員会から選挙に関する事務を一任せられた七谷村村長の指示に従つて、同村役場窓口において、西潟政一等同村役場吏員の手によつて、その交付を請求し来る者に随時交付せられ、かようにして交付せられた不在投票用紙及び投票用封筒は約百人分に達し、またその投票用封筒も所轄地方事務所からの送付が少なかつた為め、約四十枚は衆議院議員選挙法施行規則の定める成規の封筒であるが、それ以外は同役場で使用していた普通の封筒であつたことを認定することができ、また証人田浦常松の証言によれば、同人は鶴卷キク外七人の有権者の為めに右窓口より投票用紙の交付を受け、右各有権者の自宅を訪問して議員候補者の氏名(右八名中少くとも六名については当該有権者以外の者の指示に従つて)を投票用紙に代書し、委員会宛に郵送した事実を認めることができ、また証人坂上和子及び同小柳武房の証言によれば、右村役場勤務の為永正子が同役場吏員の西潟政一の依頼によつて差出人不明の不在投票の為めに、当時旅行不在中の同人の妹坂上和子の名義を貸与使用せしめた事実を認めることができる。尤も本件選挙における不在投票の総数が百二票であつたことは原告の明かに争わないところであり、証人田浦常松、小柳武房の証言によれば、右百二票のうち前示鶴卷キク外七名の名義の投票、及び成規の投票用封筒を使用せず又は法定の証明書を使用しない投票等八十二票は投票管理者においてすべてこれを無効とし、有効投票と決定されたものは二十票にすぎなかつた事実を認定することができるから、後記認定の最下位当選者三宅正一と原告との得票数の差に対比して、上記不在投票に関する違法そのものは本件選挙の結果を左右するものでなかつたことを認定することができる。

(三)、原告は本件選挙においては、投票所における投票用紙の交付が法第二十五条第一項、令第十六条の規定に違反してなされた旨主張するが、かような事実を認定するに足りる証拠はなにもない。

尤も証人梅田秀雄、小柳武房の証言によれば、右投票所における投票用紙交付の際、投票所入場者数に比して一枚多くの投票用紙が交付せられた事実を認定することができるが、右証言によれば、右は密着した二枚の投票用紙を一枚と思い誤り一人の有権者に交付したものであり開票の際右二枚の投票用紙は密着したまま折畳まれ、うち一枚は白票のままであつたことが発見された事実を認定することができるから、右投票用紙交付の違法はなんら本件選挙の得票数に影響がなかつたものと云うことができる。

第三、証人中村柱二郎、岡橋留蔵、梅田秀雄、外山善雄、井上乙吉の各証言によれば、本件選挙において、投票管理者鶴卷正雄は不在投票中二十票を有効投票としてその受理を決定したが、令第三十四条第二、三項の規定に従つて右決定後直ちにその投票用封筒を開披して投票を投函せず、これを投票用封筒在中のまま投票監視官の机上に抛置して投票函を閉鎖した事実及び開票の途中において右事実が発見せられたが、開票管理者等は投票用封筒を開披してこれを点検した事実を認定することができる。証人菊田長右ヱ門の証言中右認定に反する部分は採用しない。而して令第三十条第一項によれば、投票用封筒の表面には不在投票者の氏名を記載することとなつているから、かような方法によつて不在投票の開票点検を行うときは、反証ない限り選挙人の何人が議員候補者の何人に投票したかが少くとも開票事務に関与する者に了知せられる虞が多分にあるものと云うことができる。

従つて本件選挙においても、右不在投票二十票に関しては投票の秘密保持に欠ける違法があつたものと云うことができる。

第四、法第二十三条によれば、投票所は午前七時に開き、午後六時に閉じることと定められているが、証人山崎悟、鶴卷肇、長沢忠吉の証言を綜合すれば、本件選挙において投票所は右定刻より約二十分遅れて開かれた事実を認定することができる。右認定に反する証人西潟政一、鶴卷正雄、中村柱二郎、岡橋留蔵、菊田長右ヱ門、佐藤喜久次の各証言は措信しない。しかし右開所遅延のため投票を断念して帰宅した者があつたような事実を認めることができる証拠はなにもないから右開所遅延は本件選挙の結果に影響を及ぼさなかつたものと云うことができる。また右投票所は定刻に至つても閉ぢられず、投票函閉鎖等の手続が採られなかつたという原告主張の事実はこれを認定するに足りる証拠はなにもない。

第五、証人小柳武房、鶴卷正雄、佐藤喜久次の各証言を綜合すれば、本件選挙においては法第二十二条に従つて選挙期日たる昭和二十四年一月二十三日より五日以上前である同月八日に投票所の告示が為されたことを認めることができ、これを覆すに足りる証拠はなにもないから、かような告示がなされなかつたと云う原告の主張は採用できない。

第六、法第五十四条によれば、開票管理者は開票録を作り、開票に関する顛末を記載し、開票立会人と共にこれに署名し、議員の任期間市町村の選挙管理委員会においてこれを保存しなければならないこととなつているが、本件選挙において開票録が作成せられた事実及び開票立会人中梅田秀雄がその記載が真実に反することを理由としてこれに署名することを拒んだ事実は証人鶴卷正雄、西潟政一、岡橋留蔵、梅田秀雄、佐藤喜久次の各証言によつて認められるが、右各証人及び証人陶山昌、植村清二の各証言、乙第十二号証、同第十五号証及び検証の結果によつても、乙第十二号証又は同第十五号証が右開票録の原本の写であること、その原本の所在従つてその記載内容を認定することができない。しかし開票録は開票に関する手続及び開票の結果等を記載する記録であつて、一種の証明文書に外ならないから、本件選挙における開票録の原本の存在及びその記載内容が不明であつても、この一事によつて本件選挙の効力が左右せられるものではない。

被告が援用した各証人の証言中及び乙第三乃至第五号証、第八乃至第十一号証の記載中以上の認定に反する部分はいずれも信用しない。

要するに七谷村における本件選挙においては、同村の選挙管理委員会が投票管理者及び開票管理者を選任したのみで投票立会人の選任をはじめ市町村の選挙管理委員会として為すべき一切の職務権限を挙げて村役場事務当局に一任して顧みなかつた事実及び投票立会人及び梅田秀雄を除く開票立会人がいずれも無権限者によつて選任せられた無資格者であり、これらの無資格者がそれぞれ立会人として投票事務及び開票事務に関与した事実はいずれも前掲第一で認定した通りであり、これらの事実がそれぞれ法第八十二条で云う選挙の規定に違反する事由に該当することは同項で説示した通りであるのみならず、これらの事実に前掲第二、第三、第四、第六で判示した違法乃至不始末の事実を合せ考えれば、七谷村における本件選挙は選挙の自由、公正、厳粛を旨とする法の精神を無視して行われたものであり、殆ど選挙の体を具えないものであることを窺うことができ、かような綜合的観点からしてもまた本件選挙は法第八十二条で云う選挙の規定に違反するものと云うことができる。

而して新潟県第二区における最下位当選者たる三宅正一の得票数は二万九千二百二十二票であり、次点者たる原告の得票数は二万八千七百三十九票であつてその差は四百八十三票であり、七谷村における有権者数は二千五百二十八人であり、そのうち本件選挙で投票したものは千六百二十五人であるから、本件選挙を無効とし改めて適法なる手続によつて選挙をしなおすにおいては、選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものと云うことができる。よつて本件選挙を無効とする。

以上の次第で、本件請求は理由があるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 大野璋五 判事 柳川昌勝 判事 濱田宗四郎)

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